ジュエリーブログ,ニュース / ジェムランド

2010/11/25 木曜日

ピンク ダイアモンド史上最高値で落札される

ザ・グラフ・ピンク11月16日ジュネーブで開催されたサザビーズのジュエリーオークションMAGNIFICENT JEWELSで、およそ25キャラットのピンク ダイアモンドが約38億円(45,442,500スイス・フラン)で落札された。

この落札価格はガイ(1キャラット当たり)でおよそ1億5300万円。昨年12月にガイで約1億9300万円で落札されたビビッド・ピンク・ダイアモンドには及ばなかったものの、38億円という落札価格は、1石の宝石の落札価格としては史上最高値となった。

落札したのはローレンス グラフ氏。石はThe Graff Pink(ザ・グラフ・ピンク)と通称されるようになったが、この石は前回ハリーウィンストンによって1950年代に販売されている。

1石の宝石の落札価格として従来の最高記録であったのは、やはりグラフ氏が2008年にクリスティーズのオークションで落札した35.56キャラットのブルーダイヤモンド、The Wittelsbach-Graff Diamond(ザ ウィッテルスバッハ グラフ ダイアモンド)で落札価格は約2430万米ドル(当時の為替レートで約22億7000
万円)だった。このダイアモンドはその後リカットされ現在は31.06キャラット。

ザ・グラフ・ピンクのスペックは次の通り。

・石目: 24.78 キャラット
・カット:レクタンギュラー ステップ カット
・カラー:ファンシー インテンス ピンク(GIA)
・クラリティ:VVS2(ポテンシャリー プローレス※)
・タイプ:IIa

・落札予想価格:22億6000万円-32億円

※:ポテンシャリー フローレス
軽度な再研磨でフローレス・グレードに成り得るの意。

2010/11/9 火曜日

模倣からヒット商品は生まれない

Filed under: ジュエリーコラム — ジェムランドeditor @ 14:29:00

とあるジュエリー制作会社のデザイン開発室に相当する部屋にお邪魔した際、本棚に並んだ図書を見て少々びっくりしたことがある。国内外のファッション誌がズラリ。もちろんジュエリーデザインにおいてトレンドを掴むことはとても大切な事だから、ファッション誌を見ることは意味がある。ただ気になったのは雑誌ばかりでモチーフの種になりそうな資料が見あたらなかったこと。真偽のほどは確かではないけれど、どうやらこの会社ではファッション誌だけを参考に、売れそうなデザインを抜き出して、それにアレンジを加えて製品にしている気配があった。

このような方法で開発されたジュエリーはそこそこ無難に売れるのだろうが、大ヒットにはならないことだけは断言できる。オリジナリティが薄いのだから、類似した製品は他にもあり、その商品を選んで買うという消費行動が生まれないからだ。

真に新しいモノやデザインを創出することのできる芸術家は一握りしか居ないのだろうが、それでも、ちょっとしたデザインのコツを知りさえすれば誰でもがユニークでオリジナリティに富んだジュエリーデザインを創り出すことができるようになる実例を、以前ジュエリーデザインを教えていた際に多く見た。

ジュエリーデザインの為に私が集めた資料を挙げてみる。動物、花、昆虫、魚の図鑑をはじめ建築やファブリック(布地・織物)、ヨーロッパの紋章や日本の家紋に関する本など。変わったところでは色々な生き物(カエルやワニ、蛇など)の皮を接写した写真集もある。北米に居住していた時は美術館に通って絵画の彫刻が施された額縁などをせっせと接写していた(日本の美術館のほとんどで撮影が許可されていないのは残念。空いている美術館・博物館に展示される著作権が切れている昔の作品は、フラッシュを使わない事を条件に撮影を許可するべきだと思う)ものである。

これらの資料から気になった形をモチーフとして選んで大きさを変えて重ねたり、形をゆがめたり、あるいは反復利用すると模倣ではない面白いジュエリーになる。

1900年前後にフランスを中心に勃興(ぼっこう)したデザイン様式にアール・ヌーボー(art nouveau)がある。昆虫などのモチーフが多く用いられ、角張った直線というよりも曲線美が重視された女性的なデザインであってルネ・ラリックの作品に代表されるけれど、その意味は新しい芸術(art=芸術 nouveau=新しい)だ。昆虫や曲線を用いた装身具は1900年になって初めて発見された訳でも過去に例がない訳でもないけれど、それらの美に着目をしてジュエリーとして昇華させた点にオリジナリティがあって新しかった。ラリックの作品にしてもそのデザインが天才しか作り得ないものだと私は思わないけれど、高い七宝の技術と大胆に配置された色石(時には視覚へのアピールを狙って張り合わせ石を採用してまで大きな石を配置した)などをアール・ヌーボー様式の中で表現したところが新しかった。

様々なデザインが出尽くしたと思われる現在でも、過去の模倣ではなく、過去から学び基本を思いだしてデザインをすれば、オリジナリティに富んだジュエリーデザインはまだまだ無尽蔵に創れる。ジュエリーが売れないという声を聞いて久しいが、模倣からヒットは生まれない。ユニーク(unique:他に存在しない)な製品でなくしてヒットとは成らないという当たり前のことが忘れられているのかと、冒頭の会社を訪ねて驚いたので駄文を連ねた。

以下蛇足。

上記でアール・ヌーボーを採り上げたのは、このところ毎日、来週18日にボジョレー・ヌーボーが解禁だなぁと楽しみにしているため。言わずもがな、ボジョレー・ヌーボーとはフランス ボジョレー地方で今年採れた葡萄で作られたワイン新酒のこと。恐らく昨年からだと思うけれども、ペットボトル入りも売られていますね。空輸代が節約できる分小売価格が数百円安くなっています。ペットボトルに入れることはフランスでも賛否両論いろいろあったと推察しますが、伝統産業の中から生まれた新しい試みとして私は好意的に捉えています。

ところで、意外に知られていないのがイタリアの新酒。こちらはノヴェロと呼んでいて、先日既に解禁となりました。お薦めはマルケ州ガロフォリ社のノヴェロ。いろいろ飲みましたが同社のものがダントツに美味しい。もしこの文章を読んでノヴェロを試してみようという方にはお薦めします。ただ同社の赤のノヴェロ用タンクは今年ひとつ壊れてしまったとのことで出荷量が少ないから品薄です。“赤のノヴェロ”とわざわざ書いたのは、白のノヴェロもあるから。こちらも美味しかったですよ。セパージュ(ブレンド)はヴェルディッキオとトレビアーノ。

福本

2010/11/8 月曜日

GIA取扱史上最大の合成ダイアモンド持ち込まれる

Filed under: 宝石への処理, ジュエリーニュース, ダイヤモンド, 海外ジュエリー事情 — ジェムランドeditor @ 16:48:29

GIA(ジーアイエー)のGems & Gemology e-Briefによると、GIAのニューヨークラボラトリーに4.09ctsある合成ダイアモンドが持ち込まれた。GIAに持ち込まれた合成ダイアモンドとしては最大サイズであるという。

この合成ダイアモンド、天然ならばファンシー ビビッドとグレードされようかというイエロー オレンジ(イエローとオレンジの色相を同じような強さで呈する)カラーだった。

カットはレクタンギュラー。

色の分布はHPHT高温高圧処理)に典型的な不均一なものだった。

合成ダイアモンドにHPHTを施した石であった。

2010/11/1 月曜日

5300万年前の琥珀

Filed under: ジュエリーニュース, カラード ストーン, 宝飾品の歴史・考古学 — ジェムランドeditor @ 14:43:11

琥珀インド北西部、グジャラート州(Gujarat province)で2年前より調査を進めていたドイツのボン大学、インドおよびアメリカの研究チームは、少なくとも55種類におよび700匹以上のアリ、ハチ、ハエ、クモや花や葉、花粉などの生物が閉じこめられた約5300万年前の琥珀アンバー)を発見したと伝えた。

プレートテクトニクスによるとマダガスカルから分離したインド亜大陸は約4000万年前にユーラシア大陸に激突してヒマラヤ山脈を形成した。今回発見された琥珀が形成された5300万年前、現在のインドはマダガスカルから分離し北上を続ける孤立した大陸であったと想定されるが、琥珀から発見された昆虫は、類似したものがヨーロッパや中央アメリカの化石から見つかっているとうから不思議だ。

今回発見された琥珀はフタバガキ科の樹木の樹脂から形成されたもの。この植物、従来の研究で2500年前には広く分布していた事が分かっていたが、琥珀のおかげでそれを大幅に遡る、5000万年前には分布していた事が判明したことになる。

参照:ボン大学プレスリリース(写真も)

2010/10/30 土曜日

全宝協が破産申請を準備

Filed under: ジュエリーニュース, ダイヤモンド, 海外ジュエリー事情 — ジェムランドeditor @ 7:09:14

東京商工リサーチによると、10月29日、(株)全国宝石学協会(全宝協)が事業を停止し破産を申請する準備に入った。

平成22年3月期末時点の負債総額は約4億1800万円。

平成4年3月期の年商は約13億円でこれがピーク。その後は減収傾向に転じ22年3月期の年商は6億6400万円で赤字決算だった。

今年5月に発覚したダイアモンドのカラー グレードのかさ上げ問題の影響があるものと思われる。

全宝協の宝石鑑別技術は国際的に高く評価されており、国内鑑別機関として色石の取扱数は最大であっただろうから、ジュエリー業界への影響は大きい。

またGGとならぶ宝石学専門家としての国際的資格FGAの日本語による教育活動は同社が行っているから、現在受講中の方はどうなるのか気になるところだ。

2010/10/27 水曜日

“王冠を賭けた恋”ウィンザー公爵夫人のジュエリー11月にサザビーズに出品

Filed under: ジュエリーオークション ニュース — ジェムランドeditor @ 9:49:22

20anniversary.jpg23年前市場に登場してジュエリー愛好家の注目を集めたウィンザー公爵夫人のジュエリー。その後幾度かオークションに出品され(※)高額落札が話題を呼んだが、来月30日に再び20ロットがサザビーズで競売にかけられる。

このジュエリーが市場に出る度に大きな話題となるのは作品群のクォリティーの高さはむろんだが、“王冠を賭けた恋”として世界に喧伝(けんでん)されたゆえの知名度の高さだろう。以下、ご存じない方のためにこの“恋”について簡単に。

ウィンザー公爵とはエドワード8世がイギリス国王を退位した後の称号だが、この国王の在位期間は1936年1月から12月までと極めて短い。1937年に控えていた戴冠式を経ずに退位している。

退位の原因は1931年頃からつき合いがあったとされるアメリカ人女性ウォリス・シンプソン(後のウィンザー公爵夫人)との結婚問題。

ウォリスには離婚歴があり、さらにウィンザー公爵(1931年当時はプリンス・オブ・ウェールズ)との交際期間中の大部分も人妻であった(離婚を巡る裁判でウォレスが勝訴したのは1936年10月)。このような女性を離婚を禁じているイングランド国教会が認めるはずもなくイギリス世論も結婚を支持しなかった。
そしてウィンザー公爵(当時はエドワード8世)は
    「…私は国王として重大な責任と義務を果たすことが到底不可能である。
     愛する女性の助けと支えなしでは…」
という有名な文書をBBCを通じて読み上げ、退位したのである。

今回のオークションに出品される作品からいくつか紹介する。

ネセセア●ゴールドとダイアモンドを用いたネセセア
・1947年フランス製(カルティエの刻印)
・サイズ:150mm x 55mm x 45mm(長さ X 幅 X 深さ)
・落札予想価格:5-7万英ポンド(650万円 - 900万円)

ダイアモンドはメレーで、1900年代中頃のメレーらしくシングル・カット。
ウィンザー公爵から夫人への結婚10周年記念の品。

●ブローチ(写真最上段右)
・使用宝石:ダイアモンド、エメラルドルビー
 ダイアモンドをパヴェで留めて全体のハートシェープを作り、エメラルドでウィンザー公のWを書き、ルビーが王冠をかたどっている。
・結婚20周年記念の品
・1957年カルティエ
・サイズ:34mm x 38mm x 10mm
・落札予想価格:10-15万英ポンド(1300万円 - 2000万円)

カルティエのジュエリー●クリップ(ブローチの一種)
・使用宝石:
 ダイアモンド(パヴェ・セッティング)
 エメラルド、ルビー、サファイア(チャンネル・セッティング/レール留め)
 シトリン
・フラミンゴ モチーフ
・1940年カルティエ
・サイズ:95mm x 65mm x 22mm
・落札予想価格:100-150万英ポンド(1億3000万円 - 2億円)

pancer.jpg●ブレスレット
・使用宝石:ダイアモンド、ブラック・カルセドニー、エメラルド
・パンサー モチーフ
・1952年カルティエ
・長さ:195mm
・落札予想価格:100-150万英ポンド(1億3000万円 - 2億円)

過去に登場したウィンザー公爵夫人のジュエリー
>> 天然真珠ネックレス - 4億円で落札 - 2007年

2010/10/13 水曜日

ジュエリー・ビジネス・トレーニング[初級講座]第4回:マーケティング概論(5)

Filed under: ジュエリーコラム, ジュエリー・ビジネス・トレーニング — ジェムランドeditor @ 14:36:34

商品[product]戦略(3)

個客・消費者を魅了する商品開発

いま宝飾品市場が低調で、どの小売店に行っても「売れない」「買わない」と嘆きます。確かに一昨年のサブプライムローンの破綻をきっかけに、世界同時不況という大きな波が日本にも押しよせました。92年のバブル以降長い間不況のどん底にあった宝飾品業界が、やっと上向きになるかと思われた矢先でした。

バブル崩壊の時までは、小売店にとって本当に大切な客でなくても、ジュエリーは売れた時代でした。それがバブル崩壊とともに一過性の客は店から離れていき、浮動票狙いの商品は在庫がかさみ、宝飾品業界も例外なくデフレに突入したのです。中価格帯のモノは売れなくなり、低価格帯のモノは海外勢に押されるといった傾向は21世紀まで続きました。

日本のモノづくりが窮地に立たされたのです。しかしバブル以降15年、もう一度小売店頭に客を引き戻す事が叫ばれ始め、真剣に小売店がこれに取り組み始めました。それが「SHOPブランド」なのですが、サブプライムローン問題は無惨にもこれを打ち砕く事になってしまいました。個客や消費者は生半可なモノには手を出さなくなってしまったのです。

一方では日本のモノづくりはコストがかさみ、地金の高騰と相まって、ルックス・フォー・バリューとしてのジュエリーの存在感が低くなってしまったのです。

ではどうしたら個客・消費者を魅了する商品を作れるかということですが

figure1.jpg

の4点を挙げたいと思います。勿論メーカーによって環境は異なるでしょうから、具体的な計画についてはここでは触れません。

gyakushu.jpg(1)モノづくりの出発点で利益を考えない事=企業は利益を追求するのが当たり前ですから、奇異に感じるかも知れませんが、ものづくりのスタートではこの発想は禁物です。どうしたら個客・消費者に感動して貰えるか。そのためにはどのようなモノづくりをしたら良いか。ジュエリーは売れるモノではなく感動させるモノという考え方が先ずは必要です。

(2)海外ブランドと競争して充分に戦えるアイデアを練る事=海外ブランドは日本の市場を良く研究しています。そしてそれぞれのターゲットに対して、的確なジュエリーを送り込んできます。日本のメーカーが体力をなくし、優秀なクラフトマンを手放したのを見逃さず、彼らをダイレクトに抱え、デザインの面、造りの面の開発をやっています。ルックス・フォー・バリューの面からみると、意外に安い印象を持つのはこのためです。日本のモノづくりが市場という概念をしっかり把握する事が出来なければ、競争力あるモノづくりは出来ないと思います。

(3)試作の段階でテストマーケティングを行う事=日本のモノづくりにとって一番遅れているのはこの点かも知れません。例えばジュエリーショーに照準を合わせて商品を企画したとした場合、恐らく殆どのモノづくりはジュエリーショー間近にならないと商品が上がってこないでしょう。企画、デザイン、製造に充分時間をかけても、出来上がったジュエリーが、販売の窓口である営業に充分消化されずに、買い手のところにいく。日本の作り手の多くが自分が作るのは絶対だと云う過信から来ているようですが、この点を改める必要があります。

premium2.jpg(4)ターゲットを絞り狙い撃ちするプロモーション戦略を実践する事=プロモーションはある程度お金がかかりますが、自分たちの出せる範囲で良いのです。それよりも売れるなら誰でも良いという安易な発想から、商品のコンセプトを平気で拡大解釈してしまうという事が問題です。自分たちが狙った獲物は必ず仕留めるという強い意志と実行がないと、消費者・個客はこちらに目を向けてくれません。

商品開発に格好の参考書を紹介します。1冊は「プレミアム戦略」で遠藤功さんという方が書いています。早稲田大学大学院商学研究科(ビジネススクール)教授。MBA/MOTプログラムディレクター。株式会社ローランド・ベルガー日本法人会長の肩書きを持っています。この人の本は大変分かり易く読み易いので結構頭に入ります。もう1冊は奥山清行さんの「伝統の逆襲」です。奥山さんは長年世界の車業界のデザイナー、ディレクターとして活躍した人で、日本のモノづくりが世界で戦うにはどうしたら良いかを、非常に良い視点で書いています。

増渕邦治(ますぶち くにはる)

jjpbanner.jpg

2010/10/5 火曜日

加州カドミウム含有ジュエリーに規制

Filed under: ジュエリーニュース — ジェムランドeditor @ 14:25:54

アーノルド・シュワルツェネッガー カリフォルニア州知事は、子供用アクセサリーへのカドミウム使用に関する規制法案に署名した。

同法案は2012年1月より施行され、これによりカリフォルニア州で製造や販売される子供用アクセサリーやジュエリーに含まれるカドミウムは重量比で0.03パーセント以下に規制される。

子供用アクセサリーに含まれるカドミウムに関しては、その毒性が問題視されていた。

>> 中国製の安価なジュエリー・アクセサリーからカドミウム検出される

2010/9/23 木曜日

ジュエリーの歴史6000年 [第5回]古代ギリシアとトラキア

jewelryhistory5.jpgUnderstanding Jewellery
ジュエリーの歴史6000年 [第5回]

古代ギリシアとトラキア

古代ギリシア
ここでいう古代ギリシアとは暗黒時代を経てポリス国家群が成立したBC8世紀の中葉からアレクサンドロス大王がオリエントを征服し、BC323年に没するまでの約430年間を包括しています。BC12世紀末に、海の民の侵入によってミケーネ文明が滅ぶと、BC8世紀の中葉までの約400年間ギリシアの文字による記録が途絶えてしまい、この間のギリシアの歴史がよく判っていません。これをギリシアの暗黒時代と呼びます。しかし陶器などには幾何学模様が描かれるなどしていることから「幾何学文様時代」などと呼ばれることもあります。

その後8世紀の半ばになりギリシア各地にポリス[都市国家]が出現するに至って、ギリシア文化が大きく華開くことになります。そしてBC8世紀末にはギリシア西南部、クレタ島をエーゲ海の島々、アナトリア西海岸にまでポリス国家とギリシア文化の影響は広がっていたと考えられます。さらにBC6世紀頃にはスペインのバレンシア、アンダルシア、カタルーニャ、フランスのマルセイユやニース等にまで拡大し、第二の本拠と云えるイタリア南部とシチリア島などに植民都市を建設しました。ヘロドトスが書いた「歴史」はBC5世紀のアケメネス朝ペルシアと古代ギリシアの諸ポリスとの戦争[ペルシア戦争]を核としてペルシアの建国および拡大、オリエント世界各地の歴史などを纏めたものです。

ポリスは大小様々でひとつひとつは領土も小さく、市民と呼ばれる自由民男子とその家族は3〜10万人、奴隷5〜10万人の人口で構成されていました。ポリスは古代マケドニアがBC338年にカイロネイアの戦いでアテネ・テーベ連合軍を破り、全ギリシアを統一するまでそれぞれの自立を保っていました。

また古代ギリシアは2つの時代に分けられ、前半はBC750〜BC480年頃をアルカイック時代[前古典時代]、BC480〜BC323年頃をクラシック時代[古典時代]といいます。研究者によってはBC323〜BC30年までのヘレニズム時代を包括するようですが、ここではヘレニズム時代は別のくくりとして述べます。

BC750年〜BC30年頃のヨーロッパは、古代ギリシアを中心に各地で多様な文化が生まれ、また国家間の争いで目まぐるしく領土が変化します。それだけに歴史という視点で見ると実に面白く、興味深いものがあります。

古代ギリシアのジュエリーは圧倒的に金や銀製のものです。技法的にもイタリア中西部のエトルリアが得意とした粒金(グラニュレーションは古代ギリシア人の手によって作られたもので、金の表面に微細な金の粒を大量に連続してつける技術)やフィリグリー(細い金の線を金のベース部分に張り付け装飾を施したもので、これを応用して19世紀初頭の英国でオープンワークの技法で作られ、カンティーユと呼ばれた)などの技法で盛んにジュエリーが作られています。ギリシアの金の山地として特定できるのはパンガイオン金山やテッサロニキ、タソス島などです。

黒海沿岸やトラキア(現在のブルガリア)、ドナウ川の南の山岳地帯には古くから金が産出され、これと古代ギリシアのジュエリー技術が融合して、金によるジュエリーは高度な発達を遂げます。またギリシア独特の意匠(デザイン)も顕著で、小アジアのアナトリアやスキタイなどにも影響を与えました。

古代ギリシア人の造型感覚は完璧で、特に人体に対する表現は、その後のヨーロッパの総ての基本になり、古典主義やルネサンスなどはじめとする美術様式は、時代の変革期になると常に「ギリシアに帰れ」と云われ美術の模範とされてきました。

しかし民主主義国家群としてのポリスはBC5世紀前半から大帝国ペルシアとの再三に亘る戦争やBC431〜BC404のペロポネス戦争(アテナイを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に発生した、全古代ギリシア世界を巻き込んだ戦争)、レウクトラの戦い(BC371年にエパメイノンダスに率いられたテーバイを中心とするボイオティア軍が、当時ギリシア最強を謳われたスパルタを中核とするペロポネソスの同盟軍勢を破って、テーバイが古代ギリシアの覇権を握る契機となった)などを経てポリス国家群は衰退していきます。

トラキア
古代ギリシアの影響を受けながら、独特の金製品(ジュエリー)を作り出した国がトラキアです。黒海の西、ドナウ川の南、現在のブルガリアを中心とした一体は、近年黄金製品が多数発掘されています。

この地域で金を使い出した歴史は古く、黒海沿岸のヴァルナと云う墳墓から総計2000点、総重量6kgにものぼる金製品が出土し「世界最古の黄金文明」と云われています。このヴァルナ遺跡はBC5000年の頃と思われ、石器時代にはすでに金製品が造られたことになります。そしてこのことはメソポタミア・ウルの王墓から出土された王冠や装身具類と比べても1500〜2000年近く時代が遡るのです。これらの金製品の金が何処から産出されたかは特定できませんが、恐らくバルカン山脈とロドビ山脈に挟まれたスレドナ・ゴラ山地周辺のブルガリア全土ではないかといわれています。

時代は下がってBC1300〜BC1200年頃のものとされるヴァルチトラン遺跡からも、金製品が出土されているのですが、その後途絶え、トラキア文化の繁栄期であるBC5〜BC3世紀頃まで空白の時代になっています。トラキアの金製品で特徴的なのは、墳丘墓から発見されるものと集落などから発見されるものがあります。前者は王や王族の副葬品として納められているので、或る程度の来歴を知る手がかりになりますが、後者はその発見が偶然によることが多く、歴史的な来歴を掴むのは困難なことが多いようです。

トラキアの遺宝と云われる金製品が最初に発見されたのは1851年、シュリーマンがトロイヤを発掘しプリアモスの黄金(トロイヤの黄金)を発見したのが1873年ですから、それよりも20年も前の事になります。その後1920〜30年代にプロヴァディブ近郊のドヴァリン村の複数の墳丘墓からトラキア王家の豪華な金製品が発掘されます。また21世紀の大発見といわれる2004年発掘されたシプカ村にあるスヴェティツア墳丘墓からは、トラキア王の黄金のマスクが発掘されます。この黄金マスクはシュリーマンがトロイヤで発掘されたとするマスクと大変よく似ており、しかも重量が672gもある堂々たるものです。このマスクのモデルはオドリュサイ王国を築いたテレス1世である可能性が高いようです。発掘を担当したキトフ教授によれば「これはフィアラ杯に顔を近づけて、ワインを飲み干そうとする王の顔であり、実際に王がフィアラ杯からワインを飲み干そうとする姿が、他の人からは王が普通の人間から黄金の人間に変身するように映り、王の持つ能力と超自然的な神正を信じるのである」と述べている。このような想像を広げられるのも黄金の持つ魅力と云えるのかもしれません。トラキアは黒海沿岸を基地とした海外貿易により発展しますが、同時に海外からの侵入も余儀なくされ、古代ギリシアの植民都市、古代ローマの圧迫、ヴィザンティ帝国の基地など目まぐるしく歴史の波に翻弄されていきます。

写真A:
ネックレス。BC5世紀前半。球形垂飾径1.3cm。重さ91g。ブルガリア国立博物館。41個のパーツからなるネックレス。20個の球形垂飾パーツと19個の溝付きパーツそれに2個の円筒型パーツで構成されている。同じパーツを何個も作るには恐らく粘土型キャストで原型を作り、金を流し込んでいると思われるが、よく見ると細部にわたって丁寧な仕事がしてあるのがわかる。恐らく技術的にはギリシアの影響を受けている。

増渕邦治(ますぶち くにはる)
ますぶちstyle ホームページ

2010/7/13 火曜日

パールハンズ、プラチナの“血統書”にこだわったPT900の地金を開発

Filed under: ジュエリーニュース, 貴金属 / 金・プラチナ等 — ジェムランドeditor @ 14:23:17

ル・グラン・プラチナ株式会社パールハンズ(山梨県中巨摩郡。電話055−228−8036)は割金にイリジウムを10%使用したPT900の地金、ル・グラン・プラチナを新たに開発し、OEM受注を開始した。主として小売店からのブライダル系の受注を見込んでいる。

同社の開発したル・グラン・プラチナはIRIDPLATの刻印が押せる唯一のプラチナ合金であるのみならず、ビッカーズ硬度はHv130と、日本で主流のパラジウムを割金とするPT900の硬度Hv70と比較して圧倒的に高い。この為、従来のPT900ジュエリーを日常的に使用した際に発生しやすい爪の磨耗によるメレーの飛びや、重い荷物を持ち上げただけで腕下が変形するといった消費者にとっての不利益を防ぎやすいという利点がある。

日本のPT900ジュエリーでパラジウム割りが一般的なのは、イリジウム割りと比較して加工が容易なのが理由。パラジウムの融点は1554℃だがイリジウムは2443℃だから500℃の以上高い温度の炉が必要であり、また硬度が高いル・グラン・プラチナの吹き上がりを加工する際には技術と時間が必要となるからだ。同社では高い技術力でこれらの問題を克服し、今回の発表となった。

パールハンズによれば、この合金で宝飾品を作っている会社は国内では同社のみで、取り扱っている地金商もないはずだという。

宝飾品需要が伸び悩む中、メーカーらしく技術力で勝負をする同社のル・グラン・プラチナが小売店の、ひいては消費者の心を捉えることができるか注目される。

>> ル・グラン・プラチナの補完情報や山梨県工業技術センターによる硬度試験の結果(pdf)

« 前のページ次のページ »

Powered by gem-land.com