模倣からヒット商品は生まれない
とあるジュエリー制作会社のデザイン開発室に相当する部屋にお邪魔した際、本棚に並んだ図書を見て少々びっくりしたことがある。国内外のファッション誌がズラリ。もちろんジュエリーデザインにおいてトレンドを掴むことはとても大切な事だから、ファッション誌を見ることは意味がある。ただ気になったのは雑誌ばかりでモチーフの種になりそうな資料が見あたらなかったこと。真偽のほどは確かではないけれど、どうやらこの会社ではファッション誌だけを参考に、売れそうなデザインを抜き出して、それにアレンジを加えて製品にしている気配があった。
このような方法で開発されたジュエリーはそこそこ無難に売れるのだろうが、大ヒットにはならないことだけは断言できる。オリジナリティが薄いのだから、類似した製品は他にもあり、その商品を選んで買うという消費行動が生まれないからだ。
真に新しいモノやデザインを創出することのできる芸術家は一握りしか居ないのだろうが、それでも、ちょっとしたデザインのコツを知りさえすれば誰でもがユニークでオリジナリティに富んだジュエリーデザインを創り出すことができるようになる実例を、以前ジュエリーデザインを教えていた際に多く見た。
ジュエリーデザインの為に私が集めた資料を挙げてみる。動物、花、昆虫、魚の図鑑をはじめ建築やファブリック(布地・織物)、ヨーロッパの紋章や日本の家紋に関する本など。変わったところでは色々な生き物(カエルやワニ、蛇など)の皮を接写した写真集もある。北米に居住していた時は美術館に通って絵画の彫刻が施された額縁などをせっせと接写していた(日本の美術館のほとんどで撮影が許可されていないのは残念。空いている美術館・博物館に展示される著作権が切れている昔の作品は、フラッシュを使わない事を条件に撮影を許可するべきだと思う)ものである。
これらの資料から気になった形をモチーフとして選んで大きさを変えて重ねたり、形をゆがめたり、あるいは反復利用すると模倣ではない面白いジュエリーになる。
1900年前後にフランスを中心に勃興(ぼっこう)したデザイン様式にアール・ヌーボー(art nouveau)がある。昆虫などのモチーフが多く用いられ、角張った直線というよりも曲線美が重視された女性的なデザインであってルネ・ラリックの作品に代表されるけれど、その意味は新しい芸術(art=芸術 nouveau=新しい)だ。昆虫や曲線を用いた装身具は1900年になって初めて発見された訳でも過去に例がない訳でもないけれど、それらの美に着目をしてジュエリーとして昇華させた点にオリジナリティがあって新しかった。ラリックの作品にしてもそのデザインが天才しか作り得ないものだと私は思わないけれど、高い七宝の技術と大胆に配置された色石(時には視覚へのアピールを狙って張り合わせ石を採用してまで大きな石を配置した)などをアール・ヌーボー様式の中で表現したところが新しかった。
様々なデザインが出尽くしたと思われる現在でも、過去の模倣ではなく、過去から学び基本を思いだしてデザインをすれば、オリジナリティに富んだジュエリーデザインはまだまだ無尽蔵に創れる。ジュエリーが売れないという声を聞いて久しいが、模倣からヒットは生まれない。ユニーク(unique:他に存在しない)な製品でなくしてヒットとは成らないという当たり前のことが忘れられているのかと、冒頭の会社を訪ねて驚いたので駄文を連ねた。
以下蛇足。
上記でアール・ヌーボーを採り上げたのは、このところ毎日、来週18日にボジョレー・ヌーボーが解禁だなぁと楽しみにしているため。言わずもがな、ボジョレー・ヌーボーとはフランス ボジョレー地方で今年採れた葡萄で作られたワイン新酒のこと。恐らく昨年からだと思うけれども、ペットボトル入りも売られていますね。空輸代が節約できる分小売価格が数百円安くなっています。ペットボトルに入れることはフランスでも賛否両論いろいろあったと推察しますが、伝統産業の中から生まれた新しい試みとして私は好意的に捉えています。
ところで、意外に知られていないのがイタリアの新酒。こちらはノヴェロと呼んでいて、先日既に解禁となりました。お薦めはマルケ州ガロフォリ社のノヴェロ。いろいろ飲みましたが同社のものがダントツに美味しい。もしこの文章を読んでノヴェロを試してみようという方にはお薦めします。ただ同社の赤のノヴェロ用タンクは今年ひとつ壊れてしまったとのことで出荷量が少ないから品薄です。“赤のノヴェロ”とわざわざ書いたのは、白のノヴェロもあるから。こちらも美味しかったですよ。セパージュ(ブレンド)はヴェルディッキオとトレビアーノ。
福本