HPHTメレ・ダイアモンドの対策は万全?
2400年を超える人とダイアモンドの歴史の中で、近年まで大きな技術革新はソーイングやファセッティング、ブリリアントカットの発明程度しかなかった。しかし、過去二十年程の間に2400年の技術革新のインパクトに相当する変化があった。高圧FLUX法や化学気相法(CVD法)による合成ダイアモンドの宝飾市場流入、そして高温高圧(HPHT)処理ダイアモンドの登場である。
私は宝飾品を販売する方々へのIT面でのお手伝いを生業としている。自社で販売をしている訳ではないのだが、色々な製品資料が送付されてくる。その内のひとつがHPHTダイアモンドの価格表だ。0.3から3ct、D-Fカラーのラウンドが中心だがファンシーカットやレッド、ピンク、ブルー、イエローと、何でもござれの品揃えからその気になればメールひとつで簡単に入手できる。
この資料を見てHPHTダイアモンドの普及を実感するのだが、情報開示は万全なのかが少々気になり本稿の主題とした。
HPHTダイアモンドについては本誌読者諸氏はご承知の事と思うが、簡単におさらいする。1999年、ジェネラルエレクトリック社とラザール キャプラン インターナショナルがHPHTダイアモンドを発表、宝飾業界ではちょっとした騒動が発生した。世界に冠たる大企業であるGEの技術者がこの処理石は検知不能と述べたからだ(現在は識別可能)。HPHTの要はダイアモンドを高温高圧状態にしてその構造に変化を加えるというもの。一般的には80kbarの圧力を掛けた状態で18分程度2300℃で加熱する。
例えばタイプIIaの茶色いダイアモンド。その色因は多くの場合歪んだ結晶格子にあるが、原子が動きやすくなる高温高圧下にダイアモンドをさらすことで歪みを直し、結果として茶色味がなくなり無色系のカラーを呈するようになる。処理後の色は対象石のタイプによって異なり、レッド、パープル、ピンク、オレンジ、ブルー、グリーン、イエローなどが出現し得る。
ダイアモンドはその組成によってふたつのタイプに分類できる。窒素を含有するタイプIと含まない(あるいはほぼ含まない)タイプIIである。タイプIは結晶格子中の窒素の分布具合によってタイプIa、Ibへと分類され、タイプIIは不純物を含まないIIaとホウ素を含有するIIbへと分類される。
宝飾用ダイアモンドのほとんどはタイプIaであり、この割合は一般に98%といわれる。
高価だけに色の起源レポート取得が一般的なファンシーカラーダイアモンドは誤ってHPHT処理が非開示のまま流通する可能性は低いだろうから、以下、無色系のHPHTダイアモンドに限定をして記す。
無色系のHPHTダイアモンドはタイプIIaである。したがって手元にある無色系ダイアモンドがタイプIだと分かればHPHT処理はなされていないことになる。
タイプIとIIを区別する方法は、古くは1934年に発表された紫外線の透過度によって行う方法がWebsterの名著“GEMS”に記載されているが目で見ての判断なので実践的とはいえず、現在のラボでは赤外分光光度計を用いる。主流はフーリエ変換型(FTIR)。経験のあるジェモロジストでも先端機器なしでは判断できない。
大手グレーディング会社では、グレーディングレポートのみならずソーティングだけを依頼されたダイアモンドの裸石であっても全てFTIRなどを用いてタイプを調べている。ほとんどのダイアモンドはこの段階でタイプIと判断されるが、タイプIIの場合にはラマン分光機を使用したフォトルミネッセンス分析を実施してHPHT処理を確認している。
このような手順を踏むので検査済みダイアモンドに誤ってHPHT処理石が混入することはないが、問題はソーティングを経ずロットで購入されたメレーだろう。SSEFはFACETTE誌2014において0.2ct以下の無色系HPHTダイアモンドの存在に警鐘を鳴らしているが、中石だけグレーディングレポートを取得して、ソーティングを経ていない脇石を留めて製品しているケース、多くあるのではないだろうか。
※本稿は一般社団法人日本リ・ジュエリー協議会が発行する“リ・ジュエリービジネス・レポート17”より転載した。執筆は福本。