3Dプリンターの宝飾業界における活用
「3Dプリンターが新しい産業革命を引き起こす」 2013年頃から良く耳にするようになったフレーズだ。本稿では近年の取扱い事業者数の増加がニーズの高まりを感じさせる3Dプリンターの宝飾業界における活用について考察する。
一般に大量生産ではなく多品種少量生産される宝飾品は3Dプリンターに適した生産特性を有する。国内の宝飾業界では1990年代後半に3Dプリンターの活用がはじまり、当時はジュエリーCADと呼ばれることが多かった。
3Dプリンターとは立体物を積層構造に出力する機械を指す。複数の積層方法があるが、インクジェット・プリンターのように液状のワックスを噴出して積層させる方式が近年のジュエリー用途に人気だ。
3Dプリンターの利点はなんだろう。まず文字データをフォント通りにキッチリとだせる点を挙げることができる。手作りでは困難な特殊な文字の形も3Dプリンターならば問題は無い。またシンメトリーが取りやすく、モチーフを反転・回転させたデザインの制作にも優れているからアール・デコ調のデザインに強い。その他ピアシングを取り入れた、例えば網のようなデザインの制作にも優れている。さらに原型を物理的に保管しなくてもデジタルデータとして保持できるので保管場所をとらず、且つ分類にも利点がある。
一方、3Dプリンターには欠点もある。まずは手作り感が出にくい点。そしてデータのバックアップ体制を強固にしないとハードディスクの故障・盗難などによって多数の原型(原型データ)が瞬時に失われる危険性もある。またデザインや、一度にひとつしか出力しない場合には必ずしも費用対効果が高い訳ではない、という点も見逃せない。リングを例にすると横向きに出力すると積層数を減らす(料金が安くなる)ことができるが、幅の広いデザインの方がより多くの積層を必要とするので割高となる。
それではどの程度の費用が掛かるのか?出力サービスを利用した場合で検討する。費用はデザインと積層ピッチ(積層させる層の厚さ。ジュエリーの場合25μm-38μmを推奨している事業者が多い)によって大きく変わるが原型ひとつの出力を依頼した場合には5千円から5万円の範囲が一般的だ。出力料金は3Dプリンターの稼働時間に左右されるから、複数の原型出力を同時に依頼した場合は原型ひとつ当たりの費用は激減する。例えばひとつだけを出力して9,000円の見積もりが出たとしても、三つ同時に依頼すれば合計の料金が15,000円というケースもあり得る。
小売店が3Dプリンターを活用した自社オリジナル製品の開発を発意した場合、ネックとなるのは3Dデータの作成だろう。3Dデータの出力サービス事業者の多くはデザイン画からの3Dデータの制作を受託しているが、自在なオリジナル製品の開発には、やはり自社にオペレータがいる利点は大きい。
近年は様々な3Dデータ作成ソフトがあり、例えば平面データを基にして立体へと膨らませていく機能を有した製品もある。ジュエリー用に特化した3Dソフトは7-15万円の価格帯に複数あるが、無料のソフトも存在する。例えば“Blender”は多くのジュエリーデザイナーが利用している。何を選ぶにせよほとんどの出力サービス事業者が対応するSTL形式で保存ができれば問題ない。
3Dプリンターの購入を検討する場合、まず確認すべきは積層ピッチだ。前述の通りジュエリーの場合は25μm、38μmを推奨している事業者が多い。また出力される樹脂やワックスが焼成した後に多くの残滓が残るようだと具合が悪い。
出力サービス事業者には鋳造までしてくれる業者もあるからニーズに合わせて利用することができる。
テンプレートについて記したい。テンプレートとは既存のデザインである。そのまま製品原型として利用できるものもあるし、一部を改変すればゼロから作り上げるよりもずっと容易に新しいデザインを作ることができる。有料のテンプレート・セットも市販されているし、宝飾品用3Dデータの仲介サイトもある。またネット上には驚くべき数の商用利用可能な無料テンプレートも存在するので興味ある方は[ jewelry slt download ]などのキーワードを使って検索サイトで探して欲しい。
ネット上には膨大な量の3Dジュエリーのデータが存在するが、例えばインド人ジュエリーデザイナーの3Dジュエリーのデータは欧米人デザイナーの作品よりも格安であることが多い。
エンドユーザを対象に受け付けた3Dデータからジュエリーを制作し、宅配便で納品をしている事業者がある。新しいマーケットが開拓されジュエリー業界の裾野が広がっている面もあろうが、既存ジュエラーのマーケットを侵食していることも事実だろう。過去にはなかった消費者行動が生まれている。
ジュエリー制作は技術革新の影響を受けにくい分野だったが、3Dプリンターを利用した製作技法は従来とは抜本的に異なる“革命”である。ガラパゴス化しないために、その利点と限界を知り、変化を続ける消費者ニーズを知ることは必要だろう。
取材協力 株式会社シンク 造形サービス フォルム 中山様
※本稿は一般社団法人日本リ・ジュエリー協議会が発行する“リ・ジュエリービジネス・レポート18”に出稿した福本の原稿に加筆・修正を加えて掲載した。
▼ジュエリーデザインに活用可能な3Dデータのダウンロードが可能なサイト(有料を含む)
3DVIA
SLTをはじめとする各種3Dデータが無料でダウンロードできる。指輪のデータの他、ジュエリーパーツに利用できるデータあり。
3d CAD DATA.com
SLTをはじめとする各種3Dデータが無料でダウンロードできる。指輪のデータの他、ジュエリーパーツに利用できるデータあり。
各種ジュエリーデザインの3Dデータ販売サイト。販無料でダウンロードできるデータも一部あり。