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2008/5/8 木曜日

松原レポート(第52回) 「法」について考える

Filed under: ジュエリーコラム — ジェムランドeditor @ 3:41:58

Tokyo Jewelers発行人 松原 信

 コンプライアンス、略して「コンプラ」という言葉がおおはやり大流行(おおはやり)である。 Complianceを日本語に訳して「法令順守」というそうだ。企業経営者たるもの、「法律」を舐めてかかるととんでもない事になる、つまり、とんでもない目に遭ったかつての”名経営者”堤義明や最近のホリエモンらの失脚劇あたりから、この言葉がはやり出した。しかしこれが、実はトンデモない誤訳なのである。―――その言葉の原形complyは、外資系企業或いは貿易業経験者なら日常的に使っていたコレポン(通信文書)上の常套句で、「相手の意志に従う、尊重する」といったソフトな言葉だ。更には、レターの書き出しにIn compliance with〜とタイピングすれば、「〜の要求に応じて」という意味の慣用表現に過ぎない。

 影も形もない「法律」の意味を最初にこの言葉に被せたのは、一体どこのどいつだろう? 大方、法当局の意を汲んだ大マスコミの誰かが、ハードな意味を伝えるのにソフトなオブラートで包んだつもりで、カッコよくカタカナ・マスコミ語に変えたのに違いない。この意味不明の言葉使いを聞いた外国人からは、”パードゥンミー?”と聞き直されるのがオチだろう。とも角とんだ和製英語である。

 ルールや法律は破られるためにある、と皮肉られたのは古き良き昔の話で、どっこい今は、法律は腕づくでも・・・・守らせるためにあるようである。「コンプライアンス」なる和製英語は、そんな匂いがプンプンする嫌な言葉だ。

 「犯罪収益移転防止法」なるキッカイな法律が、この3月から発効した。通称「マネロン法」と呼ばれるこの法律は、マネーロンダリングやテロ資金流入防止という大義の名の下に、当局が一体何を狙っているのか極めて不可解な新法である。偽装設計完全排除の名の下に、昨年6月施行された「改正建築基準法」が、結果的に新築着工件数の激減を招き、日本の基幹産業・建設業界をどん底に陥れた例を引くまでもなく、さじ匙加減を心得ない政治家・役人どもの浅知恵が、正直でまっとうな民業までも区別なく厳しい法規制でじわじわ縛り、猛烈な淘汰の嵐が吹き荒れている業界例は、枚挙に暇がない。民業を支援すべき公僕たる諸官庁が、あろうことか率先して民業圧迫に走り、あちこちで”官製不況”の主役を演じているのだ。

 我が宝飾業界も例外ではない。利息制限法及び出資法見直し・グレーゾーン金利撤廃、特定商取引法(特商法)改正の動きで、頼みのローン販売に急ブレーキがかかった矢先の宝飾界は、矢継ぎ早に今度は上記マネロン法の標的になった。一見まともに聞こえる“200万円以上の商取引に客の本人確認が必須”という条項一つとっても、考えようによっては、これは宝飾ビジネスの根幹を揺るがしかねない一大”事件”である。

 決して安価ではない宝飾品という商材は、良くも悪くも「見栄の代償、虚栄の産物」としての付加価値を伴って、歴史的に人々の生活の陰日向で絶妙な役回りを演じて来たからだ。特に百万単位の買い物をキャッシュですますリッチな人々にとって、本人確認だ、取引記録だ、などといった無粋な購入手続きは馴染まない。宝飾品は通常の消費財とは別の価値次元で動いて来たからこそ、古今東西、人類史上決してすた廃れることなく営々と続いてきた産業なのである。

 しかし、人類史の永さに等しい永久不滅の宝飾産業も、この国では少々事情が違うようだ。ただでさえ、空前の地金相場高騰、吹き荒れる輸入品攻勢の嵐、といった大難題を背負う今日の宝飾界に対して、まさに追い討ちをかけるように、次々と繰り出してくる新法ラッシュは、宝飾界の民をますます窮地に追い込む。また不幸にも、それらの新法に対抗して、超法規的救済策としてのセーフティネットの構築を試みようなどという、殊勝な政治家や政治勢力、官僚は一向に現れない。

 新法によって壊滅の危機にある貸金業界やパチンコ業界のように、この宝飾界も最早社会から見捨てられる運命にあるのか? 宝飾業界は法やモラルに逆らう輩が相対的に多いのは事実だが、だからといって、社会貢献度や公的存在意義が薄いという短絡的な理由で、いずれ上からの力で息の根を止められる命運にあるのか? 考えるだけでコワイ話である。

 法の力に克つには、同じく法の力しかない。それは、法令さえ守れば何をしてもいい、という“コンプラ悪用”のすすめではない。―――今そこにある法律を”悪法”と指弾するためには、それに勝る”良法”を作る側に回るほかない。特定利権に偏る政治権力とそこに・・・つるむ行政権力との間で、得てして悪法は醸成されるが、だとすれば、その両者の間を断ち切るのがもっか目下の最短の道だ。他でもない、それは市民公選による政権交代への道である。 (季刊Tokyo Jewelers誌 第52号掲載)


 ■本稿は、雑誌TokyoJewelersの毎号巻末頁に掲載する、発行人書き下ろし記事からの転載です。第50回以前の「松原レポート」をご希望の方は、同誌バックナンバーをご購入いただくか、同誌編集部まで問合せ下さい。  

Tokyo Jewelers編集部 

by 柏書店松原

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