サハ共和国ダイヤモンド紀行
しかん香 木下 善志生
日本宝石協会が主催する、ロシア連邦、サハ共和国ダイヤモンド採掘場視察ツアーに参加させて頂きました。 サハ共和国はロシア連邦を構成する共和国、首都はヤクーツク。ユーラシア大陸北東部のシベリアにあり、冬の寒さは極限に達します。ツアー中は1年の内一番短いサマータイムであったらしく快適に過ごせましたが、冬の温度は氷点下50度が通常という極めて寒さに厳しい環境になります。今回はサハ共和国とアルロッサの協力の下ミールヌイ地区、ウダチヌイ地区のアルロッサ施設を視察させて頂きました。
GIAやFGAの教本でどのように採掘されて流通しているかを知ってはいましたが、実際に現地で生の情報を見て初めて理解できたと感じる所が多くありました。その中で特に教本とイメージのギャップがあった所をこの記事によりお伝えできればと思います。
ダイヤモンドは1トンに対して1ctあるかないか?とはよく言われるフレーズですが、鉱山によりその1トンあたりの採掘量とそれに対するダイヤモンドの品質も違います。アルロッサ側の情報呈示によるとミールヌイ地区の鉱山で1トン8.2ct⇒1200ドルの利益。ウダチヌイ地区で1トン0.23ct⇒80ドルの利益。アイハル地区で1トン6.0ct⇒240ドルの利益。とそれぞれの採掘場により採掘量と品質が違ってくる。
また、意外なことに採掘現場に10数年務めていても未だに生でダイヤモンドと呼べる原石に出会ったことがないとのお話も聞きました。現場は24時間稼働し続け人員は交代で働きます。1年に何十万トンものキンバーライトを採掘しても鉱山員がダイヤモンドに出会うのが奇跡の確率だというのが不思議です。
さて、24時間休みなく稼働し続ける鉱山で一番気になったのは労働環境です。
『ロシアの鉱山で働く』このフレーズのイメージを聞くと大概の方は、それはとても過酷で重労働という『誰も働きたがらない仕事』というマイナスイメージな答えが返ってきます。さらに、サハ共和国の環境は上記したように極めて寒い環境にあります。私も働きたいか?と言われれば御免被りたいと思っておりました。
そのイメージに反して、アルロッサでの労働環境は極めて高レベルでした。働く前に栄養剤や滋養強壮剤が入ったエナジードリンクを支給するカフェのような休憩所があり、シャワー室や、サウナも完備。一番驚かされたのは出社時にドクターの健康診断を受け無くてはならない事、会社のエントランス付近に医務室があり作業着に着替える前にドクターから毎回チェックを受けるのです。毎日毎日、診断を受けるなんて普通の仕事をしている人にはありえないことで、こんなにも従業員たちに対して環境を整えている会社を観てとても感動しました。また、私達が鉱山を視察中、鉱山員の方たちは仕事中にもかかわらず気さくであり、倒れそうな人に手をかして頂いたり、とても爽やかであり親切にして頂きました。仕事の苛酷さでストレスを蓄えこんだ労働者がこんなにも余裕のあるやり取りは出来ないことです。今までにイメージしていた『ロシア鉱山で働く=ハードワーク』が一変しました。厳しい環境にあるからこそ人員をとても大切に見ているアルロッサの考え方が分かります。
ロシアでもTOPブランドであるアルロッサはダイヤモンドで有名な会社ですが現在ではそれだけではなく発電、ガス、空港会社、文化事業、スポーツ事業等ダイヤモンドに限らず地域の発展に取り組んでおり、会社単位ではなく地区単位で計画が練られています。
宝石を知らない一般のかたが『ダイヤの採掘』と聴いて思い浮かぶ一つのシーンは、低賃金で労働者を環境の悪いところで酷使しているといったものが一部あると思います、また、『紛争ダイヤモンド』というワードが有名になった映画『ブラッド・ダイヤモンド』等で『ダイヤ鉱山』というイメージは一般の方々にとって全てが良いイメージではないと感じております。私でさえ鉱山環境は極めて過酷であると考えておりました、さらに1トンに付きほんの少ししか採掘されないダイヤモンドなのですから、それに対する従業員の経費はとても抑えられているのだと思っておりました。ですが、現場は逆だったのです。
今回一番消費者に対してお伝えしたいと思ったのが鉱山員は会社からとても大切にされ、各々仕事に誇りを持っているということ。また、ダイヤモンドに携わる人達にお伝えしたい事は、鉱山員は原石を一粒観るのにも現場では奇跡だということ、いつも見ているそのダイヤモンドは奇跡の産物なのです。取り扱いにまた身が引き締まる思いです。
サハ共和国の人達にとってダイヤモンドは何かと聞いたら『国の一番のブランド』とすべからく答えが返ってくるそうです。今回ツアーで鉱山から選鉱場、運搬業務、ソーティングセンター、小売店まで案内され色んな方々に学び、最終日にツアーをお手伝い頂いた通訳のピョートル氏からサプライズのダイヤモンドルースを我々に自費でプレゼントしていただきました。我々にとってみたらとても小さいサイズのものですが本当に感動しました、ダイヤモンドが産出して色んな流通を経て小売店に至る所まで見学して最期にプレゼントされるなんて思いもしなかったことです。ダイヤであり宝石の価値は最期に与えてくれる人の思いが乗る、どんなにささやかなものでも思いが加われば100ctの輝きに勝ると感じました、涙を流させるプレゼントなんて人生になんどあるのでしょう?商品の良さは金額の多寡ではなく、お客様にとって思いを込められる商品が一番の最良だということ、そして0.1ctが100ctの輝きにも劣らない、大切にしなくてはならないものだと、最期にピョートル氏に一番大切なものを学ばせていただきました。
※本稿はJSC(Jeweller’s Study Club)より提供を受けて掲載した。