ツタンカーメンの黄金マスク
・マスクの大きさは?
・マスクの重さは?
・マスクの金の純度は?
・マスクの製法技法は?
・黒目の正体は?
・メネス(頭巾)の青い縞模様の成分は?
・頭のコブラの下の空色はトルコ石?
・胸飾りの青緑色の石は?
1922年、イギリスのハワード・カーターによって発見されたツタンカーメンの墓から発掘された黄金のマスクは、全世界の古美術品の中でも、超逸品と言われる。
その見事な工芸品は、写真だけでも金細工をしている我々にも想像を絶する作品であることがわかる。
早稲田大学の宇田応之教授、吉村作治教授、桜庭祐介教授、理研計器蠅寮从蟆校忙瓠∋害実臺綮瓩蕕蓮2006年6月にこのマスクを調査する機会を得た。
調査は宇田教授らが開発したX線回折と蛍光X線分析を同一場所で行えるXRDF(X-Ray Diffractometer equipped with X-Ray Fluorescence spectrometer)を用いて行われた。
その調査報告書からデータの一部を紹介し、私のコメントを加えた。
■黄金のマスクの金細工
大きさ
高さ54cm
幅39.3cm
重さ11kg
製法
金板からの鍛金技法
表層に、微細な金粉にニカワを加えて薄く塗っている
品位
内部平均 Au+Ag 95%以上 Cu 5% 以下
表層平均 Au+Ag 88% Cu12%
唇部分 内部 Au96.6% Ag1.0% Cu2.4%
表層 Au76.8% Ag11.2% Cu12.0% 厚さ28nm
頭巾部 内部 Au97.8% Ag1.4% Cu0.8%
表層 Au93.8% Ag3.2% Cu2.9% 厚さ30nm
材料
Au金 ナイル川上流ヌビア(現スーダン)産と推定
Ag銀 輸入(エジプトでは産出されていなかった)
金の板をロールかハンマーで延ばし、部分ごとに鍛金で成型したものをろう付で継ぎ足して一体にしたと思われる。マスク板の表層に、微細(ナノメートル単位)な金粉にニカワを混ぜ、薄い膜として覆っている。この膜は薄いため光を透過し、また反対色の作用でマスク本体の色調を純金色に補正している。
顔面の成型、ろう付、粉末の製法、ニカワの膜の薄い塗装法や、透過性の膜で色調を補正するなど、現在でも及ばない技巧着想が凝らされている。
■宝石鉱物類
眼(黒目 オブシディアン(黒曜石) 研磨
眼(白目) マグネサイトの粉砕を固形して接着
アイライン ラピスラズリを粉砕してニカワで成型、接着
頭のコブラの赤色 カーネリアン(発色は、Mn,As) 研磨物を接着
胸飾りの赤色 カーネリアン(発色は、Fe,As) 研磨物を接着
胸飾りの青緑 マイクロクリン(微斜長石:アマゾナイト) 研磨物を接着
色部分はガラスとの説もあったが、これらの部分は天然の鉱物、宝石であることが判明した。材料の入手にも世界中から集めたことなど、当時のエジプトの交易が偲ばれる。
(Mnマンガン Asヒ素 Fe鉄)
■人工の色
頭巾(ネメス)の縞の青
90%以上の非晶質相で、エジプシアンブルー(エジプト古代の顔料:CaO・CuO・4SiO2)と、正長石(オーソクレース)、石英(クォーツ)、透輝石(ダイオプサイド)、塩(ナトロン)のほか、アマナルブルー(多元素系コバルト・スピネル:Co(M)Al2O4, M=Mn,Fe,Ni,Zn)が含まれる可能性がある材料を焼き、粉砕してニカワで成型した。
宇田教授らは、ツタンカーメン・ブルーと命名し、発表した。
(Caカルシウム Cu銅 Si珪素 Coコバルト Niニッケル Zn亜鉛)
■髭の灰緑色
人工ガラス(析出は長石(マイクロクリン、インターメディエイト、ネフェリン)、珪酸ナトリウム)
■コブラの空色
銅を発色剤とするガラス。
古代から特有の青い顔料(エジプシアンブルー)を用いてきたエジプトで、ツタンカーメンの時代、さらにラピスラズリの色に近い、紺青色の顔料が開発された。
従来ではない元素を含み、黄金のマスクのメネス(頭巾)の特有の青色を際立たせている。
この色の再現は、現代の課題であろう。
出典資料
「金属」Vol.77 癸后11別冊 ツタンカーメン黄金のマスク
(1) 金細工の巧み (2) きれいな天然鉱物 (3) 人工の色
宇田応之 吉村作治 桜庭祐介 石崎温史 山下大輔 共著
文 川崎 猛